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「零砂 -Plage de Formule-」

01話 数魔術

                             文:都積せいや


【あらすじ】
紡来(つむぎ)の住む町に宇宙船が不時着したときか
ら、怪物が出没し始めた。怪物たちの使う数魔術に抵抗
できない人々と町を守るために紡来は戦っていた。
しかしある日、紡来は重傷を負ってしまいサイボーグと
なり、人間と機械の狭間で悩むことになる。
(もしも、こういう物語が好きでない人は読まないよう
 にしてください)



【本文】

「はぁはぁ……」

紡来(つむぎ)は少年と逃げていた。

自分のいる町の外れの港に宇宙船が不時着してから、怪
物が町にあふれだしている。

その怪物たちは訳のわからない言葉を発して、地球人を
迷わせる。

「1657876578876……」

しかし、紡来だけは分かっていた。それが高次元な数学
であることに。

人々はそれを知らずに、ある人は発狂し、ある人は操ら
れたりする。

もっと恐ろしいのはその魔数術(怪物が用いている能力
)がこの地球の歴史を微妙に変えていることだった。

紡来は超人的な頭脳でそのことを理解していた。

「かれらの魔数術は行列を応用して次元配置に作用して
いる……。でもわたしには、それを止める力がある」

紡来は魔数術の解き方を知っていた。

魔数術は頭の中で数字を念じ、それをある座標に叩きこ
むことで配置できる。

その数字の配置が正しければ法則にしたがって効果を発
生させる。

物質を消滅させたり、構築させたり、時間を狂わせたり
、その効果はさまざまだ。

そして、紡来はたったひとりでその怪物たちと戦ってい
た。

自分の町を守るために。

そんなある日、両親の離婚で離ればなれになっていた
弟、解里(かいり)が紡来の前にあらわれた。

「ハァハァ、おねえちゃん、もうぼくを置いて逃げて」

解里は立ちどまって言った。

「なに言ってるの!いっしょに逃げるのよ。見捨てられ
ないよ」

「ぼく、お姉ちゃんに隠していたことがあるんだ」

「何?そんな大事なこと、後で聞くわよっ」

「おねえちゃん、今じゃないとダメなんだ。時間が無い
から言うよ。ぼくはお姉ちゃんと血がつながっていない
んだ」

「……、言いたいことはそれで終わり?」

「びっくり……しないの?お姉ちゃん」

紡来は自分たちの隠れている倉庫から少し首を出して、
怪物に見つかっていないことを確認した。

そしてドアを背にしながら言った。

「うすうす気付いていたわよ。でも血はつながっていな
くとも、解里はわたしの弟よ。大事な家族なんだから」

「ありがとうお姉ちゃん。うれしいよ」

「解里、いいのよ。これからも解里と私の関係は変わら
ない。二人で仲良く生きていこうね」

解里の目には思わず涙を流れて出してきた。

「さぁ、逃げましょう。今はそれしかできないけれど」

「うん……。お姉ちゃん」

紡来が解里の手を取って引っ張ろうとした瞬間、突然、
倉庫のドアが開いた。

グッシャァァアアアアアッ!!

怪物だ。

紡来は驚いた。

「どうしてここが分かったの?」

「もしかして僕を追いかけて来ているのかも」

「解里は私が守るわ。目くらましにスモークの数魔陣を
かける!」

「48、32、87、32、77、……」

30cm立方に数値の念を置いていく。

ドバァァアアアーーー

白い煙が部屋中に立ちこめる。

「これで少し時間稼ぎができるわ。いきま……ウグッ…
…」

紡来は右腕と胸部に走った激痛に顔を歪めた。

「!!……、おねえちゃん!」

怪物は紡来の右腕に深く噛み付いていた。

「……、やら……れちゃった。解里……は逃げて」

しかし、解里は怪物をにらめつけて言った。

「ぼくは……逃げない!……だってお姉ちゃんは僕のこ
とを家族と言ってくれた大事な人なんだ!」

ドカッ、バシッ!

解里は棒きれで怪物を殴る。

しかし、怪物は殴られるのもかまわず、紡来の体をさら
に痛めつけていった。

紡来の意識は次第に薄れていった。

「ダメ、……解里……逃げて……」

ズカッズカッズカッ

解里は倉庫の外に大勢の気配を感じた。

(何か来る!新手の怪物の仲間か?)

やがて、倉庫の入り口に5人くらいの人間とサイボーグ
一人が現れた。

「助かった。人が助けに来てくれた……」

やがて、倉庫の入り口には軍隊の人間と、サイボーグが
踏み込んでいた。

先頭に立っていたサイボーグは無線を使って、本部とお
ぼしき相手に話を始めた。

「ターゲット:ツムギを発見しました。これから保護し
ます。……併せて、ターゲットの状況報告。ツムギの損
傷が激しいので救護班の手配を頼みたい」

「了解した。すぐに手配する。ピッ」

本部との交信が終わると、サイボーグはずかずかと倉庫
の中に入りこみ、怪物の背後に回った。

怪物は気配に気付くと、振り向きざまにサイボーグの腹
に爪を突きさした。

しかし、爪はサイボーグの金属を滑らせて空を切った。

「あいにくだな。俺の体は金属性でね。食ったら腹をこ
わすぜ」

「シマッタ、コイツハ……」

怪物は人間の言葉をしゃべった。

「オッ、お前しゃべれるのか?人間の言葉を」

「フフフ、オレタチは地球人よりも知性が高いノダ。」

「そうか、じゃあ俺様に勝てるかどうかも予想できるん
だよなぁ」

そういうとサイボーグは持っていた銃で怪物の手と腹を
撃ち、爪をふっとばした。

ボシュッ!ボシュ!

怪物は有無を言わさない冷徹なサイボーグの攻撃に驚い
た。

「……グゥァアアアアア!貴様、イキナリ何をする」

怪物は苦悶の表情でうずくまり始めた。

「失せな。今は闘ってられねぇ。……次は頭を狙う」

「ウググ、イイダロウ。ここは引いてヤル。オマエの
名をオシエロ」

サイボーグは名乗った。

「クロードだ。ま、次に俺に会った時は命日になると
覚悟しとくんだな」

怪物は例の数魔術を唱えると空間の中に消えていった。

クロードはすぐに本部に報告を始めた。

「クロードより本部へ。怪物は逃げた。腹に発信機を埋
めこんだので追跡よろしく。紡来は現在、救護班が回収
中。」

紡来は噛み傷による片腕と足の負傷が激しかった。

クロードはそれを見て心の中でつぶやいた。

(てめぇも気の毒にな。俺のような復讐鬼にならない
ことを祈るぜ……。悲しいからよ)



そして数時間後……。

「あ……、ここは」

紡来(つむぎ)は病院のベッドにいた。

「あら、気がついたわね」

右となりで医療機器を操作していた看護婦が振り向きな
がら言った。

「わたし、生きてる……」

紡来は赤く血の通った唇でつぶやいた。

やがて、ドアが開いて医師と思しき男性が現れた。

「意識を取り戻しましたか。これは良かった」

紡来があっけに取られた顔で医師を見ていると、看護婦
は自己紹介を始めた。

「紹介が遅れたわね。このお医者さんは具現博士。私は
助手の夢菜。ここは具現博士の研究所の中よ」

「じゃあ、私を助けて頂いたのはあなたがた……」

「そうよ」

「あっ、ありがとうございます!」

紡来は必死でぺこぺことお辞儀をした。

「まぁ、そんなにおじぎすることは無いわよ。うふふ」

「夢菜くん、そろそろ事実を話さねばならんだろう」

具現博士は冷静な口調で言葉を発した。

「あ、はい。そうですね」

夢菜はハッとした表情で紡来の方を振り向いた。

(なんだろう……)

紡来はきょとんとして二人を見つめた。

……コフッ

具現博士が軽く咳ばらいをして片手に持った資料をパラ
パラとめくった。

それから、紡来の目をチラチラと見ながら話し始めた。

「まず。状況説明からおこないますから、心の準備がで
きたら返事をしてください」

ごくっ

「……ハイ」

紡来は真剣なまなざしを浮かべてコクリとうなずいた。

「君の名前は紡来(つむぎ)君だね」

「ハイ」

「橘高等学校の生徒である」

「ハイ」

「昨日の夕刻、帰宅途中に弟である解里君に数年ぶりに
出会った」

「ハイ」

「そして……、怪物に出会った」

「……」

突然、紡来はうつむいて黙りこくってしまった。

具現博士は資料から紡来に視線を移して再度質問を繰り
返した。

「もう一回言います。そして怪物に出会った」

「イ……イイエ」

紡来は震える唇で言葉をしぼり出した。

ふう、とためいきをついて具現博士は言った。

「困ったな。正直に答えてください。あなたは怪物に出
会った」

紡来は眉をしかめて強く言った。

「いいえ。怪物など見たこともありません!」

具現博士は夢菜の方を向いて言った。

「これは……、どういうことだろう」

「おそらく、ショックが大きかったのでしょう。記憶の整
理がついていないと思います」

「夢菜君、どうすればいいと思う?」

「まず、落ち着かせましょう。そして事実を明確に伝える
必要があります」

「なるほど。ここは同性である君にまかせたほうが良さそ
うだな」

紡来は軽い頭痛を感じてきていた。

(いやなこと思い出させないで……!)

夢菜はニッコリとやさしく微笑むと首をかたむけながら
言った。

「紡来さん、大きく息を吸って、はいて……。もう一回」

夢菜はやさしく紡来を落ち着かせた。

「紡来さん、次に右手を出してくれる?」

紡来はおずおずと右手を出した。

「ありがと。いい子だわ」

夢菜は微笑んだ。

「紡来さん、良く聞いて。……この手はね。もう生身の
手じゃないの」

ドキッ!

紡来は自分の隠しているはずの真実を言い当てられて、
どっと汗があふれ出してきた。

「あなたの右腕と骨格と脚部は、ある事故で失われて、
機械に置きかえられたの」

「!!……」

「言いたくないけれど、これが事実よ」

「……冗談ですよね」

紡来は震えながら弱く叫んだ。

「冗談でこんなこと言わないわ」

「だって現実、ここに右腕はあるじゃないですか。心臓
だって動いている。夢菜……さんの体温だって感じるん
ですよ」

「それは、それだけ私たちのテクノロジーが優れている
ということよ」

「で、でも……」

夢菜は自分の科学者としての能力を信じてもらえないこ
とにカチンときて、不機嫌そうなまなざしをうかべた。

「そう、信じてないのね。じゃあ、証拠をみせてあげる
わ」

そういうと、夢菜は紡来の右腕のひじの内側の肌をまさ
ぐると、1cm平方ほどめくり上げた。

「紡来さん、覚えておいてね。ここがコネクタの入り口
なの」

「!!……」

(うそ!なんでこんなものが……)

そして、夢菜は自分のもっているリモコンからケーブル
を引き出し、紡来の右腕のコネクタに接続する。

夢菜はケーブルの接続と通電を確認するとリモコンで操
作をした。

<シャットダウン開始>

夢菜は紡来の方を向き直って言った。

「紡来さん、右腕は動くかしら?」

紡来は自分の右腕の筋肉に力を入れてみた。

しかし、脳では右腕に命令を発しているのに、金属の鉛
のかたまりのようにびくともしない。

「う、動かないっ。どうして!」

「今の状態が、右腕の全機能停止の状態」

「ウソッ!そんな、どうなっちゃったの?うっ、く!」

紡来は自分の右腕を失った事実を目の当たりにして、目
に涙があふれてきた。

「どう、理解できた?このまま心臓も停止できるけれど
……、試す?」

「!……、やめ!、やめてください!お願いー!」

「冗談よ……。紡来さん。あなたが私を信じないから言
ってみただけ……」

夢菜は無表情なまなざしで突き放すように言った。

夢菜はまた自分のリモコンを操作して、紡来の右腕の回
路の動作を開始させた。

<ブートスタート>

紡来の右腕には、すぐに感覚が戻っていった。

しかし、紡来は痛めつけられた犬のようにガクガクとお
びえる表情で床に目をそらしていた。

このとき夢菜は少し後悔をした。いかに自分が冷酷なジ
ョークをあびせてしまったかに気付いたからである。

夢菜は謝ろうとしたが、しかし、なぜか恐くなって結局
謝ることはできなかった。

「……さて、現実を認識できたところで、本題にいきま
しょうか……」

そして夢菜は具現博士に目配せをして、話し始めた。

「紡来さん。……あなたに協力して欲しいの」

「……え!?」

具現博士が沈黙をやぶり、言葉を発した。

「君の超人的な頭脳と我々のテクノロジーを使えば、世
界方程式を解き、制御することができます」

「そう、そのためにあなたの命を救ったのよ」

「!……。ど、どういうことですか……?」

紡来は、川でながされる木の葉のように、運命に身を任
せて翻弄されるしかなかった。


              − 続く −


<あとがき>
今回は、
メカと肉体の共存(ハイブリッド)を書いてみました。
そこには0や1では割り切れない感情が生じるのではな
いかと思っています。
未来の世の中には、サイボーグやアンドロイドが登場す
ると思います。
そうすると、大切なもの、変わるもの、忘れられるもの
があるはずなので、人間とメカと幽霊を同時に登場させ
て、それぞれの交わりと、中途半端であるがゆえの悩み
をストーリにしたいと思っています。
クロードを登場させたのは、あまり暗い話にならないよ
うに考えたためです。

んでわ、またお会いしましょう〜。m(_ _)m

文/絵=都積せいやホームページ
Version=1.0(ときどきバージョン変えるかも(汗)
更新日=2001/4/29